ある夏、富良野にある麓郷の森へ行ったときのこと。友人と二人でちょっと立ち寄った程度のものだった。「北の国から」というテレビドラマで使われた丸太小屋などが点在する。目的地に着くころから雨が降り始め、車を降りると傘を差して、ロッジに入った。さて、まずは一服というわけで、タバコをくゆらせながら雨雲を見上げる。やみそうにない。傘を差しながら点在する丸太小屋を廻らなければならないと考えていたときであった...。
1台の車がやってきた。女性一人旅。大分ナンバーとは、ずいぶん遠いところから一人でやってきたということか。我々二人は、入れ替わりにロッジを出ようとした。そのとき、車から出てきた女性は、傘も差さずにロッジへ小走りにやってきた。そのまま、二人で傘を差して歩き始めたが、ふと雨に濡れた女性を見捨てるようなそんな気分になり、立ち止まった。「傘、使いますか?」と傘を一つ渡し、友人と二人で一つの傘に入った。3人であちらこちらの小屋を見て回り、話をするうちに、だんだん和んできた。「記念に写真でも...」と、一人ずつ彼女とツーショットでカメラに収まった。細身で小柄、ポニーテールがかわいらしい。
幼稚園の先生を退職したばかりで、夏の間、北海道にやってきた。知床の「熊の家」というウトロの料理屋でアルバイトをしているという。「近くに来たときはぜひ寄ってください」という言葉を残し、車は立ち去った。我々二人は、知床に行く予定もなく、その日は、札幌へ戻った。
2、3日後、二人とも同じ迷いを抱えていた。「知床に行ってみようか?」と言葉は一致していた。偶然であった女性と再び知床という北海道の外れで再び出会うなんて、ドラマティックではないだろうか。20代半ばで自由に使えるお金などそんなに持っているわけでもなく、車中泊をしながら、やっと知床へ辿り着いた。二人にとって、車で移動するには、札幌からもっとも離れた場所へのドライブだった。
熊の湯で温泉につかり、知床の景色を堪能した後、ウトロへ到着。港の隅に車を置き、「熊の家」ののれんをくぐる。席に着こうとしたとき、彼女の方から我々二人に気づき、声をかけてきた。客の注文をさばきながら、3人での会話もはずんだ。もちろんトドの料理など、おすすめ料理を味わい、楽しいひととき。料理を食べ尽くして、そろそろ店を出なければ、というときに、彼女の方から「この辺りでホテルをとってあるんですよね。明日の朝、案内するので、ドライブに出かけませんか」という誘いがあった。行き当たりばったりのドライブでホテルの予約もしていないが、アルコールが入っては車の運転もできないので、誘いを受け、早朝に落ち合うことにした。
夏のこの季節に予約などできるはずもなく、キャンセルされた部屋も高額。もともとこの辺りのホテルは高めなのかもしれない。ホテルはとらず、この日も車中泊。もちろん彼女には秘密。
ウトロのホテルが建ち並ぶその山の上に彼女の寮があった。少し早めに約束の場所に着き、彼女が出てくるのを待った。彼女の車に乗り換え、知床五湖などを見て廻った。小雨の中、狭いようで広いウトロの観光だった。さて、いつまでもとどまるわけにも行かず、我々は札幌へ向かうことに。しかし、知床へ誘うのはあいさつ代わりとしてあり得るが、早朝のドライブなど、我々をとどめる理由は何か。旅の出会い、それだけか。帰りの車の中は、謎解きの時間でもあった。
札幌に戻り、通常の日々が続いていた。別れ際に「札幌に行くつもりなんだけど、連絡するね」っと連絡先を渡していた。そして、1週間後、友人のところへ電話がきたらしい。結局、予定外の休日を取ったため仕事が忙しく、会うこともなく、おそらく彼女も知床へ戻っただろう。そして、夏が過ぎ、北海道を離れ、地元へ戻ったことだろう。
フィクションだったら、もっといろいろな話になるだろうが、若い二人には、このエピソードは旅を語るのに欠かせない楽しい思い出であった。夏の北海道。旅の偶然性。全国から人が集まる北海道では、決して自然を堪能するだけではない北海道の魅力があるのではないか。
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