一人で遊ぶトランプゲーム。皆さんはなんと呼んでいますか? おそらく、ほとんどの方が「ソリティア」と答えるでしょう。
しかし、かつて日本ではこれを「ソリテア」と呼ぶのが一般的でした。宝石業界では今でも一粒ダイヤの指輪を「ソリテア・リング」と呼びます。
なぜ、ゲームの世界だけ「ソリティア」という、ちょっと発音しにくい不思議な呼び名に変わってしまったのでしょうか。そこには、言語学的な進化とは無縁の、圧倒的な「インフラの力」がありました。
そもそも「ソリティア」という英語発音は存在しない?
まず、驚くべき事実からお伝えします。英語の綴りは “Solitaire” です。 この発音をカタカナで表現するなら「サリティア」や「ソリテア」が近く、どこにも「ティ」という音は含まれていません。
「英語っぽく聞こえるからソリティアになった」と思われがちですが、実は本場の英語では「ティア」とは発音しないのです。
徹底比較:他の “-aire” はどう読まれている?
英語には -aire で終わる単語がいくつかありますが、日本での定着の仕方を見てみましょう。
| 単語 | 本来の英語発音 | 日本での一般的な表記 |
|---|---|---|
| Millionaire | ミリオネア | ミリオネア (×ミリオニア) |
| Billionaire | ビリオネア | ビリオネア (×ビリオニア) |
| Questionnaire | クエスチョネア | アンケート (英語風ならクエスチョネア) |
ご覧の通り、他の単語はすべて「ネア」と正しく認識されています。ミリオネアを「ミリオニア」と呼ぶ人はまずいませんよね。
では、なぜ「ソリテア」だけが「ソリティア」になってしまったのでしょうか。
犯人は「綴り(スペル)」に引きずられた脳の誤解
「ソリティア」という言葉が誕生した背景には、日本人が英語のスペルを見た時に起こす、ある「バグ」のような処理があったと考えられます。
- “i” を見てしまった: 中間の
iを見た瞬間、反射的に「イ」の音を入れたくなった。 - “are” を「ア」と読んだ: 末尾を「ア」と読み、結果として「イ+ア」の形が完成。
- 日本語の法則の発動: 日本語には「イ段の音の後にアが来ると、ヤの音が混じってイヤと発音しやすくなる」という癖があります(ダイア → ダイヤなど)。
その結果、本来の音を無視して、綴りから強引に生成された「ソリティア」という独自の造語が爆誕してしまったのです。
「OSの画面」という最強のインフラが言葉を上書きした
本来なら、こうした言いづらい誤読は自然に消えていくはずです。しかし、ここで歴史を変える巨大な力が働きます。Windowsの登場です。
1990年代、Windows 3.1や95が爆発的に普及した際、その付属ゲームのタイトルには「ソリティア」と記されていました。
- 当時の状況: トランプの一人遊びを何と呼ぶか知らない数千万人の日本人が、初めてそのゲームに触れた。
- 視覚の勝利: 画面のど真ん中に「ソリティア」と書いてある。
「耳」で聞いた音ではなく、PCの「画面」に書いてある文字を正解として記憶してしまった。これが、言葉が上書きされた決定的な瞬間です。もし、当時のマイクロソフトの翻訳担当者が「ソリテア」と入力していたら、今の日本で「ソリティア」という言葉は使われていなかったかもしれません。
結論:ソリティアは「デジタルが定着させた誤読」である
ソリティアという言葉は、英語のルールからも、日本語の言いやすさからも外れた、いわば「デジタル時代のバグ」のような存在です。
しかし、ひとたびWindowsという巨大なインフラがその名を冠してしまえば、誤読は「標準語」へと昇格します。私たちは、言葉の正しさよりも「画面に何と書いてあるか」を信じる時代に生きているのです。
次にPCでソリティアを開くときは、その奇妙な「ティ」の響きに、90年代の翻訳担当者のちょっとした思い込みを感じてみてください。
コメント