めんめ

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バイクで釧路に行ったときのこと。晩飯をどこで食べようか。今は知らない店になど、恐くて入られない。下調べをするのだろうが、そのころは、スマホもケータイも持っていない。ガイドブックが頼り。

でも、そのときは適当に路地に入り、なんとなく人がいるのに落ち着いた雰囲気の居酒屋ののれんをくぐった。大きなビルの1階にひっそりと佇む。ガイドブックに載っているようなお店は、賑やかで活気があるけど、ちょっと違う雰囲気のお店に入ってみたかったのかもしれない。

ママが一人で切り盛りしている。カウンターのテーブルには、作り置きの惣菜が大きな銀皿に山盛りになって、ラップが掛けられている。店の中は、数人がいただろうか。

メニューを見ながら、いくつか注文する。店の中で聞こえてくる会話は、漁の話。地元の人に間違いない。それほど訛りはきつくなく、内容は聞き取れる。

注文した焼き魚を焼く煙が上がる。釧路に来たら焼き魚だよね、って勝手に決めている。その間に惣菜類は、大きな銀皿から盛りつけて目の前に出される。

ふと、お客の一人が話しかけてきた。「どこから来たの?」といくつか質問してきた。「ところで『めんめ』ってなんだか知っていて注文したのかい?」と訊いてくる。めんめって聞き慣れない魚の名前だったので注文してみたもの。「札幌だったら『きんき』っていう魚だよ。初めて入った店でよく『めんめ』を注文するよなぁ。他の店なら数千円、いや万はいくかもよ」と教えてくれた。

あとで会計をすると、全部で五千円もいかなかった。格安の『めんめ』だったと思う。でも、それから十数年の時が経つけど、あれほど脂のりもよく、おいしいめんめに出会っていない。漁師から直接手に入れているというそのお店は、ガイドブックに載るはずもないありふれたお店かもしれない。しかし、有名店でもなく、静かにおいしいものを堪能できるお店に偶然入ったのは、奇跡だったのかもしれない。

2、3年後、再び釧路にやってきた。目指すお店は決まっている。大きな通りに面したビルの間の路地をちょっと入ったところだし、迷う場所でもない。しかし、夜道を歩き、その場所に着いたとき、目を疑った。そのビルがまるごと取り壊されていた。更地になっていた。